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4月25日という日。




JR福知山線の脱線事故から3年。
今年も、献花へ行ってきました。

JRの人達の表情は、3年前とは全く違っていた気がする。
でも住民にとっては、絶対に忘れられない日。
3年が経っても、悲しみは増していく気がします。


あの日、私は事故車両には乗っていなかったものの
ちょうど同じ時間帯の電車に乗っていました。

ものすごい非常ベルの音とともに
満員の電車は人が将棋倒しになる程の勢いの急ブレーキで停車。
止まってしまった電車の中、鳴り続ける非常ベルと
閉塞された空間に気分が悪くなってきた頃
私の携帯電話に色んな人から電話がかかり出すのだけど
電車の中は人でいっぱいで、電話に出られない。
アナウンスでは「人身事故があったもよう、確認中です」「しばらく停車します」など
はっきりしない事を繰り返すだけで。

訳がわからないまま、なんとか尼崎駅まで辿り着くも
駅はまるで戦場のような大混乱で、何があったかのアナウンスもないまま。
まだ駅員さんたちも全く状況を把握していなかったようです。

いったいなにが起こっているのか全くわからないまま
大混乱の中で呆然としていました。
鳴り続ける電話に出ると、ニュースを見て心配した姉や会社の人たちからでした。
「尼崎駅が大変な事になっている。無事なのか。」と。


その後、事故の惨状が明らかになっていきました
事故は駅ではなくその手前での脱線。ひどい事故でした。
夜中になっても家の周りはヘリコプターが飛びかい
窓を開けたら鉄の焦げたような匂いがただよってきました。

私は阪神大地震も経験していますが
その時を彷彿とさせる惨状に、身近で起こった事故に、
毎日ニュースを見ては涙を流すばかりでした。


すぐ近くにいたのに、何もできなかった。
ただ出来る事は、忘れない事。


あの事故を忘れない。
利便性や合理性よりも大切な物を、私達は知っているはず。
そして、そういう人達がたくさんいるのだから
何かがきっと、良くなっていくかもしれない。


周辺住民は皆、きっとこの事故の事を忘れません。
亡くなった方達や遺族の方達、
怪我をされた方や心に傷を負った方、その家族の方達に
どうか、どうか少しでも、心の安らぎが訪れますように。

沢山、たくさんの人が、きっとそう祈り続けます。



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テーマ : 兵庫県 - ジャンル : 地域情報

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